2018年6月29日に参院本会議において、いわゆる「働き方改革関連法案」が可決・成立し、2019年4月1日に同法が施行されることになっています。成立に至るまでは、「高度プロフェッショナル制度」ばかりが注目され、制度そのものの十分性や、法案の他の項目については触れられる機会がほとんどありませんでした。

そこで今回は、制度そのものの十分性を検証すべく、若者の離職理由から日本の労働環境の現状を再確認し、働き方改革に本当に必要なことを考えていきたいと思います。

離職率の推移

まずは離職率の推移から見ていきます。メディアにおいては、あたかも大学の新卒者3年以内離職率が約3割になったのは最近のことかのように報道されています。(日本経済新聞2018年4月16日付『高い若者の離職率 社会経験、大切にしよう』

しかし、厚生労働省が調査をしている『新規学卒就職者の学歴別就職後3年以内離職率の推移』をみると、調査開始の昭和62年の時点ですでに28.4%あり、平成17年の36.6%をピークに、全期間にわたって約3割で推移していることが分かります。

新規学卒就職者の学歴別就職後3年以内離職率の推移

売り手市場を根拠に離職率の高さを指摘している記事(東京新聞 2018年6月25日付『なぜ若者はすぐ辞める? 転職しやすい売り手市場が背景』])や、若者の忍耐力の欠如、果ては「ゆとり教育」を理由にしているものもありますが、数値からは不景気の時代(上記表ではバブル崩壊後)ほど離職率は高い傾向にあり、むしろ逆の結果にあると言えます。

大卒者の離職率が上がるときの特徴は、「景気が回復し転職しやすい」ということよりも、「不景気にの為、より良い環境を求め転職せざるを得ない」という消極的理由による作用が大きいのではないのでしょうか。

若者離職理由

新規学卒就職者の学歴別就職後3年以内離職率の推移

さて、内閣府の発表した「2018年版子供・若者白書」によると、初職の離職理由(最も重要な理由)ベスト3は次のとおりです。1位「仕事が自分に合わなかったため」(23.0%)、2位「人間関係がよくなかったため」(10.0%)、3位「労働時間、休日、休暇の条件がよくなかったため」(6.8%)です。

初職ということは、大学生・院生にとって「新卒ブランド」を使うことのできる唯一のタイミングであり、高卒、専門学卒の方にとっても自らの専門や専攻に合わせた選択をしたことでしょう。そうであるにもかかわらず、上記のようなギャップを感じ離職に至ったのは、次のような要因があると考えられます。

  1. 募集要項や説明会、面接時に実際に従事する仕事内容を明示していなかった
  2. 理不尽な上下関係やいじめ、ハラスメントの存在
  3. 時間外労働や休日出勤の発生量、頻度を事前に説明できていない

などといった要因があると考えられます。

つまり、会社の業績や将来性といった外面的要素ではなく、「入社したら実際に何をどれくらいの期間やらなければならないのか」、「上下関係はどうなっているのか」、「残業は多いのか、休日出勤は多いのか」等々、一般的に見て会社にとって負の要素を見せることができていないのではないでしょうか。

また、このグラフと下記の調査からは、若者が金銭面ではなく、プライベートや自身の価値観を重視しているともいえます。

あなたの就職観に最も近いものはどれですか」

株式会社マイナビの『2018年卒マイナビ大学生就職意識調査』によると、「あなたの就職観に最も近いものはどれですか」という問いに対して、「楽しく働きたい」、「個人の生活と仕事を両立させたい」という想いが強いことが分かります。

日本の現状と先進諸国の比較

さて、そうした若者を悩ませている一つの要因である、日本の労働環境、労働条件はどういった状況に置かれているのでしょうか。

長時間労働か?

一般的に日本は長時間労働であるという認識は、おそらく日本人の間では当然のように認識されているのではないでしょうか。

しかし、OECD(経済協力開発機構)の発表している、OECD加盟国の2017年の1年間の労働時間数において、日本の数値は1,710時間となっており、平均よりもやや少ない時間数となっています。

OECD加盟国の中で最も少ないドイツ連邦共和国の1,356時間と比較すると約400時間の差(日数にすると約16.7日、営業日では言えば約1か月分に相当)がありますが、必ずしも飛びぬけて多い数値ではないということが分かります。

しかし、この数字にはいわゆる「サービス残業」は含まれていないため、正確な数字とは言えない可能性があります。 煩雑なルーティン作業に時間を割くのを止めて、時間を有効活用するためには、BIツールの導入や、電子契約の導入など身近な作業を効率化する必要があります。

Karoshi(過労死)

また、日本において長時間労働と一緒に語られ、問題視されているのが「過労死」です。今や”Tsunami(津波)”や”Typhoon(台風)”と同様に世界共通語となっている”Karoshi(過労死)”ですが、海外メディアでも特集で取り上げられるほど”Karoshi”は非常に特異なものです。

イギリス国営メディアBBCの2017年6月6日付ニュースでは、”The young Japanese working themselves to death”(自殺してまで働く日本の若者)と題した記事で、大手通信企業でSEをしていた西垣和哉さんの事例を紹介しつつ、日本の労働文化として、同僚や上司より先に帰りにくい文化があることも触れています。

もちろん、過労死に追い込まれるほどの長時間労働そのものが問題です。しかし、その背景には誰かが強制したのではなく、日本独特の「空気を読む」、「忖度をする」といった文化によって、自ら進んで長時間労働を選択し、過労死に至ってしまったということほど悲しいことはありません。

生産性の低さ

さて、そうした過労死に至ってしまうほどの長時間労働をしている方がいる一方で、日本の生産性は主要先進国(G7)の中でも最低です。

OECDの2016年における対GDPの1時間当たりの生産性調査によると、日本は$41.5となっており、トップのアイルランド$85.9の半分以下となっています。ここで上述の労働時間のグラフを見るとアイルランドは日本とほぼ同時間の1,738時間となっており、この点から見ても、いかに日本の労働生産性が低いかが見て取れます。

特にこのアイルランドとの比較で言えば、労働時間数がほぼ同じでありながら、半分の価値しか生み出せていないということであり、如何に労働生産性が低いかを顕著に認識できる例だと言えます。

生産性が低いということは、必然的に長時間労働をすることで全体の総価値を上げる必要性が発生し、日本はまさにこの長時間労働によって、生産性の低さを補填しているのです。

※ここでいう「生産性」は、現実に「モノ」を生産している場合だけでなく、金融といったサービスも含められているため、景気に大きく左右される側面もあると同時に、富を持った人が増えればその分底上げされるため、単純比較はできない可能性があります。

年間休日数

やや古い数字ではありますが、日本と欧米主要国との年間休日数の比較を見ると(データブック国際労働比較2017より)、日本の年間休日数は137.4日となっており、最多のドイツと比較しても約7日(=1週間)の差しかないことが分かります。

しかし、この数字は単純に全員が土日祝日を休暇として過ごしたことを仮定しており、日本の実態を反映しているとは言い難い数字となっています。

ヨーロッパにおいては年次有給休暇とは別に、病気で休んだ場合に年次有給休暇を消化せずに休むことができる制度があります。例えば欧米諸国では病気による休暇を年次有給休暇とは別に定めており、有給とする国もあれば、無給ではあるものの診断書も不要で休むことができるというのが一般的のようです。

また、有給休暇もバカンスに象徴されるように3週間~1か月程度(約20日の有給)をまとまってとることができ、日本の労働環境と大きく異なっています。

この違いは、日本では「休むこと=悪」という考え方が共通概念として早い時期から刷り込まれていることも影響しているかもしれません。小学生から高校生の間に「皆勤賞」をとった方も少なくないと思いますが、この「皆勤賞」という考え方そのものが「休むこと=悪」を無意識のうちに根付かせる最初の動機になっているかもしれません。

日本的タテ社会の問題

タテ社会とは

日本を含む一部の東アジアの国々では、いわゆる「タテ社会」が重んじられています。

社会人類学者の中根氏が1967年に出版した『タテ社会の人間関係』(講談社現代新書)によると、社会集団の構成要因を「資格」(学歴、地位、職業など)と、「場」(地域、所属機関、職業集団など)の二つととらえています。日本は、その二つの中で「場」を強調しており、この「場」を強調する集団では、タテの人間関係が重要になってくると指摘しています。そしてこのように「場」を強調する組織や社会をタテの組織、タテ社会と呼んでいます。

職場におけるタテ社会

敬語の使い方、会議や飲み会の席次、エレベーターでのボタン操作等々、タテ社会の影響は業務時間外まで及んでいます。如何にそれらが理不尽であっても、明示的な指示がなかったとしても、当然の言動を求められます。

こうしたタテ社会を形成し、日本社会で連綿と受け継がれてきた要因ともいえるのが「体育会出身者」の存在です。体育会の学生だけを対象に大手企業が説明会を開いたり、体育会学生を専門に就職支援をする会社があったりと、企業は体育会の学生を求めています。その要因として考えられているのが、「理不尽な上下関係」=「タテ社会」に慣れているからということです。(『なぜ「体育会系」学生は起業に引っ張りだこなのか?』参照

理不尽な上下関係に耐え抜き、組織や団体が逸脱しないことが礼賛され、個人の能力に焦点をあてることは禁忌とされています。

「能力主義」、「成果主義」を採用時に強調している企業も多くありますが、社会として「年功序列」、「終身雇用」といった制度が変革されていない以上、どこまで「能力主義」、「成果主義」を突き詰められるのか疑問に感じます。

実際、「能力主義」、「成果主義」を打ち出しながらも、年齢や勤続年数に応じた賃金テーブルを用意している企業が多数であり、プラスのインセンティブとして報酬を支払っているにすぎません。

こうしたタテ社会の権化ともいえるのが、いわゆる「ブラック企業」です。人々は「ブラック企業」と聞けば嫌悪感を一様に示しますが、「タテ社会」に対しては肯定的に受け入れる人や、必要悪ととらえる向きも依然少なくないと言わざるを得ません。

求められる方向性

過剰サービス

日本の「おもてなし」は世界的に注目される一方で、過剰すぎると思われるサービスも多くあります。

例えば、24時間営業のスーパーやコンビ二、ファーストフード店など、こうした利便性が表裏一体となって自らの労働環境を悪化させているかもしれません。

海外旅行を良くされる方はご存知かと思いますが、海外のスーパーマーケットは遅くても21時頃で、平日であれば19時から20時というのが一般的です。また、コンビニやファーストフード店も日本のように普及しておらず、仕事終わりに夕飯のための買い物をするとなれば、それに合わせた時間に仕事も切り上げる必要が出てくるのです。

また、大きな社会問題となった「配送問題」も過剰サービスの一つです。細かく指定可能な「時間指定サービス」や、無償で行う「再配達サービス」。これらは言うまでもなく、日本独自のサービスであり、それを求める日本人がいたからこそ、こうしたサービスの提供につながっています。

こうしたサービス一つひとつを取り上げて、善し悪しを判定するのがここの目的ではありません。こうしたサービスを提供している人たちと、こうしたサービスを求める風土、そしてこれらサービスの上に成り立っている企業の在り方が本当に好循環を生み出しているのかを再考する必要があるのではないでしょうか。

「残業が多い人」=「仕事をかんばっている人」ではない

日本においては、「残業が多い人」=「仕事をかんばっている人」という考え方が存在します。これは、先進諸国から見ると非常に特異です。先進諸国の常識からすると、残業をしないで成果を上げている人が最も評価されます。提示が過ぎても会社に残って仕事をしている人は、「時間内に仕事をこなす能力がない人」というレッテルが貼られるのです。

日本における残業が本当に生産性をギリギリまで高めた結果行われているか疑問が残ります。日本においてもカルビー会長の松本氏が『残業手当はすぐになくしたほうがいい』と題したIT mediaの取材において述べているように、残業代がもらえることにより所定時間内での仕事が非効率になり、結果として残業時間が増えている人も多くいると指摘されています。

また、事実上抜け穴状態となっていた「36協定」に歯止めをかけるべく制定された働き方改革関連法では、単月100時間、年720時間に上限が定められました。しかし、この上限も非常に甘い数字であると言えます。

ドイツにおいては、「ドイツ労働時間法(Arbeitszeitgesetz)」において、最大労働時間は1週間に最大労働時間は1週間に48時間又は1日に8時間、6カ月以上の平均が1日8時間を超えなければ、1日10時間の例外が認められるとなっています。

ドイツの例は極端な例と言えますが、日本よりもはるかに生産性が高いドイツがこうした労働環境を整備していることは、率直に学ぶ姿勢は必要です。

意識改革

こうした、欧米諸国の労働環境並みに日本の水準を高めていくには、日本人一人ひとりの意識改革が必要です。

負の連鎖を断つためには、「昔からこうしているから」、「昔はこうだった」という非論理的な理由を受け入れないことから始めなければなりません。

近年「ゆとり世代」と言われる若者は、こうした「理不尽」で「非論理的」な思考を嫌悪する傾向があります。会社の飲み会への参加拒否、敬語を使わない、年次有給休暇を自由に取得するなど、一見すれば彼らの言動は間違っているように思えます。

飲み会に参加すること、敬語を使うこと、有給を自由に取得してはいけないことなど過去から良しとされてきた慣習について、論理的に説得することができないのであれば、若者を責めるのではなく、慣習そのものを改めてはどうでしょうか。